統一性へのアインシュタインの探究
マルク・コーンウォール
「我々が経験できる最も美しいことは、神秘の知覚である。それは、すべての真の芸術とすべての科学の源泉である。この感情を知らない人、物事を不思議に思うことができない人、畏怖の念を抱くことができなくなった人は、もはや死んでいるのと同じである。」―アルバート・アインシュタイン
1955年4月16日、アルバート・アインシュタインはこの世を去った。彼は、近代の科学者の中で、最も議論を巻き起こした人物であり、最も愛された科学者であった。彼の研究は、自然界の見方を永遠に書き換えた。それ以来ずっと、歴史家と科学者達は、彼が人類に残した遺産を評価しようとしてきた。アインシュタインの死後50周年を記念するこの記事(訳注:当会のオーストラリア担当英語圏本部の雑誌に2005年に掲載されたものです。)では、この人物の偉大な人生のあまり知られていない一側面を分析するつもりである。
50年にわたって彼(1879 - 1955)の名前は、科学の天才と同義語であった。彼は象徴的で印象深い風貌をして、20世紀初頭の物理学界へ忽然と現れて、特殊相対性理論(1905年)と、一般相対性理論(1915年)を世に提示した。その後の40年の人生は「万物の統一理論(unified theory of everything)」を研究することに費やした。その理論は、我々が今日もなお探求し続けているものである。彼は最後の壮大な使命には失敗したが、いまだに通用する2つの厳密な理論を人類に残しただけでなく、創造主がつくった全てのものに対する謙虚な振舞いと深遠な洞察、思いやりによって人々の記憶に残っている。
科学者だけでなく、相対性理論を理解したり扱ったりすることのない数百万人におよぶ一般の人にも、彼の顔はよく知られていた。1944年に、彼はニューヨークタイムズの記者に尋ねた。「なぜ、誰も私のことを理解していないのに、みんな私のことが好きなのでしょうか。」少数の人にしか理解されない宇宙論的な理論を創造したこの無名の科学者は、どのようにして、よく知られ愛されるようになったのだろうか?アインシュタインの乱れがちなもじゃもじゃの髪を私たちは思い出す。その髪は、年を重ねるごとに柔らかく白くなっていき、彼の容貌に影を投げかけ、永遠の疑問符に凍りつき、内面の悲しみを覆い隠していた。彼の最後の写真は、死の原因となった病気にかかる数週間前に撮られたものである。唯一この写真の中で、愛情のこもった思いやりが、研究に没頭する緊張感を和らげており、彼の疲れた目が眼鏡の縁越しに優しく輝いている。
その人物と使命
A Man and his Mission
物理学において彼は波動と粒子を統一し、空間と時間を統一し、物質とエネルギーを統一し、電気と重力とを統一しようとした。人類の問題では、人種と国家を和解させようとし、社会主義を個人の自由と両立させようとした。哲学の分野では、科学と宗教の隔たりの橋渡しをしようとし、決定論と人間の責任や道徳律との隙間を埋めようとした。
最初に、彼の科学的な業績について見ていこう。彼の学説は、初期の頃には疑いの目を向けられていたが、現在では、大学の基礎物理学課程のあらゆる教科書に取りあげられている。1919年に彼は、初めて世界の新聞の見出しを飾った。このとき、日食を調査した遠征隊が、一般相対性理論(General Theory of Relativity)の正しさを裏付けたのである。彼は一夜のうちにマスコミで大評判になった。しかし1905年こそ彼の驚異の年(annus mirabilis)であった。彼はこの奇跡の一年間に、世界を変えるような論文を1つだけではなく3つも書いた。これに匹敵するのは、アイザック・ニュートン卿が1665年から1666年にかけて行った研究だけである。この業績を認めて、国際物理学会は、アインシュタインへの百周年の賛辞をあらわすために、2005年を「世界物理年(World Year of Physics)」とした。
彼の最初の先駆的な冒険は、光電効果の大胆な解釈であった。光は弾丸のような光子の形で放射されると主張することによって、彼は波動と粒子を統一する道を拓いた。その統一はおよそ15年後に、量子力学(Quantum Mechanics)という名前でもたらされる事になった。光が粒子と波動の二重性を持つということを受け入れる道を拓いたのはこの光電子の研究であり、この研究でアインシュタインは1921年にノーベル物理学賞を受賞した。光電効果の論文から100年後になっても技術者たちは、彼の理論から斬新な発明を達成するための新しい方法を探し求めている。
最も偉大で最も有名な彼の創造的業績はもちろん一般相対性理論であった。この理論の物理学への影響は、2つの大きな分野において並外れて大きかった。天文学という巨視的な分野で、彼の理論はニュートンの法則の欠陥を修正した。水星の軌道におけるそれまで説明のつかなかった変化が、説明できるようになった。その理論はまた、太陽の重力によって光が曲げられることも予測した。質量がとても大きい星から発せられる光が、赤方偏移することも予測した。この2つの予測はすぐに裏付けられた。相対性理論がさらに主張したのは、空間はそれ自体で曲がっていて、そのため宇宙は、端がないけれども、それ自体へと折り返されていて、広大ではあるが有限の単位を形づくっているのかもしれないということである。この見方は、最も深遠で最古の神秘主義的宇宙論に、奇妙なほど共鳴している。
原子のような諸粒子が急速に旋回している微視的な分野では、高速に加速された粒子が、静止しているときより重くなることを相対性理論は論証した。原子物理学者とサイクロトロン(*1)の建造者によって、この事実はすぐに実証された。これとは対照的に、粒子は質量を失うと大量のエネルギーを放出する。この最後の主張は、核爆弾と原子力発電所の基礎となる原理である。しかし、このような物質的な成果の他にも相対性理論は、20世紀の思想と哲学に大きな影響を与えた。
相対性理論の帰結
Relativity’s Axioms
第1の帰結は、空間と時間は別々に存在するのではなく、観測における4次元的な枠組みにおいて結合してのみ存在するということであった。その枠組みは、観測者の観点や運動と共に変化する。時間と空間を、人工的で抽象概念と昔から見なしてきたバラ十字会員は、これが自然で道理に適ったことだと思うであろう。しかしながらこのことは、保守的な科学者たちを激怒させた。そして同様に、ナチや共産主義者などの全体主義の政治家をも激怒させた。
相対性理論の2番目の帰結は、エネルギーと質量が同等であるということであった。この帰結を受け入れる上での抵抗は、1つめの帰結より少なかった。なぜなら、この帰結の実際の証拠と結果は否定しがたいものだったからである。しかし、哲学的な観点から見れば、それは第一の帰結と同じく革命的なものであった。たとえば、“固体の”物体は、光やその他の種類の放射から、分離され区別される実体とはもはや見なされない。したがって、物質的な全宇宙は、振動するエネルギーの巨大な海として見なされなければならない。この点もまた、バラ十字会で古来教えられてきたことと、完全に一致している。
相対性理論の論文の序文で彼は、自然の一貫性と単一性への信念によって、自身の推論に拍車がかけられた事をほのめかしている。物理法則の調和と対称性によって、アインシュタインは宇宙の知性を感じ、無上の喜びと畏怖の念を抱きながらそれを熟考した。彼の生涯を通じた真理の探求は、神秘主義的な崇拝の一種であった。それは、彼の全存在に浸透していて、彼のすべての肖像写真に共通してみられる、疑問を投げかけるようなまなざしに具体的に表現されている。
量子とその彼方
Quanta and Beyond
彼の偉大な仕事と名声にもかかわらず、彼の人生後半の科学的な意見は、後の物理学の傾向とは一致しなかった。彼の死によってライフワークは未完に終わり疑問として残された。彼の科学的な失敗は、業績と同じくらい大胆だった。量子力学の正当性を受け入れられない彼の立場と、体系と秩序、つまり神聖な法則がある高みで至高のものを統治しているという彼の超越的な信念は、今日有名になった彼の言い回し、「神は、この世界を使ってさいころ遊びをしない。」という苦悩に満ちた言い方に表われている。
それは、悲しいかな、 ただ彼の個人的信念であり、研究によっては立証されず、科学者仲間は反対した。実際に、量子力学がますます発展し、ついには容易に立証される自然法則となったので、もしその時まで彼が生きしていたとしたら、彼の苦悩はより強くなっただけかもしれない。一般相対性理論と量子力学理論は、現在の人類の認識レベルにおいては両立することが出来ていない。しかし我々はこの2つの理論がいつかさらに偉大で、いっそう包括的な理論に取って代わられることを知っている。〈超ひも理論〉には、20世紀のこれら2つの対立する偉大な理論の統一を最終的にもたらしてくれる見込みがあるのかもしれない。
彼の科学的な研究には苛立ちとジレンマが付きまとっているが、多くの論文や世界中で行った講演で彼が精力的に表明した社会的、哲学的、教育的、そして政治的な見解にも同じことが言える。彼は感じやすく控え目であったけれども、象牙の塔に隠遁したりはしなかった。個人に関する、あるいは人類全体に関する社会的運動の多くに彼は晩年に関わった。彼は、単純さと洗練性、簡潔、数学的美しさに自身を捧げ、そして同時に、すべての人類が、平和、経済的安定、思想かつ信教の自由、また、科学や芸術、哲学のような人生の高尚なことを追究する余暇を享受できるようにと熱心に願った。アインシュタインは、若いころに出生地のドイツにおいて、ナチ政権によりなされた抑圧、拷問と殺人によって衝撃を受けていた。新たな暗黒時代のこの猛威から、必要であれば武力によって人々を救ってくれるように西側の民主主義諸国に彼は訴えていた。第二次世界大戦が始まった時、アインシュタインはすでにアメリカ合衆国に住んでおり、ニュージャージーのプリンストン大学で研究していた。そして、ヒトラーが最初に原爆を所有して使用し、世界を隷属させてしまわないように、原爆の開発をルーズベルト大統領に進言した。これがアメリカの研究プログラム、最初の原子爆弾を作り出した有名な「マンハッタン計画(Manhattan Project)」の始まりであった。
戦争がかろうじて終わるとその後には、アメリカ合衆国とソヴィエト連邦間の敵意から新しい脅威が差し迫ってきていた。しかしながらこの時には、武器の力による勝利が徒労であることをアインシュタインは確信していたので、和解と国際連合の強化、そして全人類の統一のために勇敢に発言した。これらの努力により、ノーベル賞と比べても同じほど彼にとって大きな意味を持ったであろう「一つの世界賞(One World award)」の栄誉を1948年に与えられた。自分の科学的な研究の成果が、言葉に尽くせない苦しみを人類にもたらすことや、すべての文明を消滅させるのにさえ手を貸すかもしれないことを恐れながら彼は晩年を過ごした。「第三次世界大戦がどんな武器で戦われるのか私には分からないけれども、第四次世界大戦は棒と石で戦われるであろう」と彼はかつてコメントした。
彼を煩わせた第3の内面的矛盾は、人道的な本能と神秘的な直観力と、科学的信念の間の分裂という問題であった。人間として、彼は愛の圧倒的な力、道徳律そして人類の進歩を信じている一方で、科学者として彼は厳密な決定論を信じていた。 しかし、もし決定論が事実であるなら、すなわち彼が思索したように、宇宙中のすべての粒子とすべてのエネルギーの波動が固定した〈世界線(World Line)〉をもしたどるということが事実であるなら、気まぐれな創造主によって、あるいは柔軟性のない物理法則によって、あらかじめそれらの軌跡が定められているかどうかは重要ではない。人類は、あらかじめ決められた人生にあらがうことになるのか?それは、人類にとって、ただ避けられないものに服従するより良いことなのだろうか?心の奥深くで、自分の取り組みが、自由意志で選択した仕事であると感じられないのなら、科学的な真実の探求に人生を捧げる目的は何なのか?多くの写真の中でアインシュタインが絶望的な当惑の表情を明らかに浮かべているのは、おそらくこの哲学的な行き詰まりのためである。
アインシュタインと神秘主義
Einstein and Mysticism
厳格な科学者や信奉者を困惑させるこのジレンマからの出口をバラ十字哲学は、教えてくれている。粒子と波は、それに対して相対性理論が厳格な決定論を仮定しているが、全ての事物に浸透する振動エネルギーの負の極性だけを構成している。それとは別の、より上位にある振動エネルギーがあり、それは生命力と意識、意志という陽極性の領域である。この陽極性領域は、時空によっても物理的な決定論によっても制限されていない。意識と生命は、物体(少なくとも我々自身の身体)に影響を及ぼし支配できるので、外面的な必然性にもかかわらず内面的な自由を信じ、物理的法則よりも根元的な道徳律を信じる権利を私たちは有している。アインシュタインが見つけられなかったもの、無上の科学的な統一はおそらく、物質的なエネルギーと意識を持つ生命力の間の相互作用を支配する法則の発見によって、成立するはずである。それは、人類にとっての真の転換点になるであろう。
宇宙をモデル化するための単一の理論を見いだすという成功の見込みのない探究を、人生の最後の20年間にアルバート・アインシュタインは孤独に手がけていた。全物理的法則をひとまとめにする、いわゆる〈万物理論(Theory of Everything)〉について、科学的な勝利を彼は成し遂げることはできなかった。国々が平和と兄弟愛で結束するという時代の夜明けを見るまで彼は生きられなかった、そして、物質の有限の法則を、〈ソウル〉の中の〈無限〉の声と和解させ、〈深遠なる平安〉を達成することもできなかった。しかし、統一という永遠のゴールへ向かう長い道へ、科学と人類を導くこの神秘的喜びを彼は得て、そして味わうことができた。これは彼が世界に残した遺産である。私たちはいつまでもこのことを忘れずにいて、そして大事に育てようではないか。
(『THE ROSICRUCIAN』誌(オーストラリア)、November 2005より)
「人間存在は、我々が『宇宙』と呼ぶ全体の一部であり、時間と空間において限られた一部である。人は他から切り離されたものとして、自分自身と自分の思考や感情を経験する。この妄想は我々にとって一種の牢獄であり、個人の欲望と、最も近しい数人への愛情に我々を限定してしまう。我々の努めるべきことは、すべての生きものと自然の全体をその美しさにおいて包含する同情の環を広げ、我々自身をこの牢獄から解放することである。」 ―アルバート・アインシュタイン
※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。
脚注
1.急速に運動する粒子に数百万電子ボルトのエネルギーを加える加速器。