ファラオ・ハトシェプストの飾り玉
バラ十字古代エジプト博物館からの逸品
RC1114 |
この小さな飾り玉はバラ十字古代エジプト博物館の収集品のなかでも、最も珍しいもののひとつです。長さはたった2cmですが、それは、古代エジプトで最も魅惑的なファラオ・ハトシェプストの治世の記録となっています。
ハトシェプストは、ある王の娘であり妻でもありましたが、夫の死後、自分の子供ではない王子の単なる摂政となるのではなく、自分自身が統治することを選びました。ハトシェプストは自身を王であると宣言し(古代エジプトには女性統治者を意味する単語がなかったのです)、その任務に着き、統治する王としての衣装に身を固めました。ハトシェプストの死後、継子(ままこ)であったトットモス三世は、彼女の存在を“抹消”したと、しばしば語られています。しかし資料によれば彼は、彼女が王であった記録を単に削除したのであり、彼女の存在の記録を削除したのではないようです。そしてその行為は彼の治世に長期に渡り行なわれたのですが、彼女に対する個人的悪意を彼が持っていたわけではなく、単に文化的かつ宗教的な要請に屈服したためでした。
この飾り玉はファラオとしてのハトシェプストの統治の記録を伝えています。彼女の名前のまわりの円はカルトゥーシュ(cartouche)と呼ばれる王家の印です。カルトゥーシュの中にあるのは、彼女の王としての名前「マート・カ・レ」(Ma’at-Ka-Re)であり、おそらく「秩序はラー(神)の精髄である」というような意味です。この王としての彼女の名前は、正式な統治者としての名前でした。ハトシェプストは個人的な名前であり「最初の高貴な女性」という意味です。
統治者は神々とともにある者であると信じられていたので、その名前が刻まれたこの小さな飾り玉は強力なお守りでした。ハトシェプストは自分のことをアムン神(the god Amun)の娘であると主張し、統治権を確固たるものにしていました。このお守りは着用者を怪我(けが)から守り、幸運へと導くと考えられていたようです。
サンフランシスコの新しく建て直された「de Young 美術館」の開館記念展示は、2005年の10月に開催されましたが、その題は「ハトシェプスト:女王からファラオへ」でした。18王朝の魅惑的なこの女王の華々しい治世にその展示は捧げられたのでした。
Lisa Schwappach - Shirriff, M.A., Curator
Rosicrucian Egyptina Museum
文学修士リサ・シュワパッチ
バラ十字古代エジプト博物館、館長
バラ十字古代エジプト博物館は、西部アメリカで最多の古代エジプト・バビロニア収集品を所有しています。一般公開されており(会員は無料)、毎年25万人以上の参観者があります。
※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。
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