バラ十字会

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バラ十字会の歴史

その12 魂の探究(後半)

クリスチャン・レビッセ

ルクソル・ヘルメス主義者協会

 エレーナ・ペトロヴナ・ブラバツキー(Helena Petrovna Blavatsky)とヘンリー・スティール・オルコット大佐(Colonel Henry Steel Olcott) が神智学協会(the Theosophical society)を創設し、その結果として「the H.B.of L.」の略名を持つ「ルクソル・ヘルメス主義者協会」(the Hermetic Brotherhood of Luxor)という神秘主義団体から除名されることになったと何人かの著述家たちは指摘している。伝説によるとこの友愛組織は、「今はもう消滅してしまっている西方の島(アトランティス)」で6000年以上も前に設立された古代の神秘学派を起源としていて、テーベ市とルクソル市を活動拠点としていた。この古代神秘学派は、バラ十字会などの顕著な入門儀式形式の組織のすべての源になっていると言われている。1870年頃、ルクソル・ヘルメス主義者協会は、西洋社会に蔓延しつつあった科学万能主義の危険と対峙するための外陣組織を形成していった。そしてこの協会は、科学的側面を取り入れることによって西洋社会に伝わってきた秘教を復活させることを開始した。そしてまた、「西洋の精神を堕落させ、東洋思想の支配下に置こう」としていた神智学協会を非難し、その拡大を抑制しようとした*8。その一例としては、ルクソル・ヘルメス主義者協会は生まれ変わり説に反対していたことが挙げられる。

 ルクソル・ヘルメス主義者協会の外陣団体は、自らをマックス・テオン(Max Théon)またはアイア・アジズ(Aia Aziz)と名乗っていたポーランド人のルイ・マクシミリアン・ビンシュタイン(Louis-Maximilien Bimstein, 1847-1927)によって設立された。彼は驚異的な心霊能力を持つ特異な人物であった*9。ビンシュタインは1870年にはイギリスに住んでいて、数多くのメンバー、特にピーター・ダビッドソン(Peter Davidson)とトマス・バーゴイン(Thomas H.Burgoyne)を選出した。前者はルクソル・ヘルメス主義者協会のグランドマスターとなり、この組織のメンバーであったパパス(Papus)はダビッドソンのことを「事実上のマスター」であると見なしていた。フランスでは、フランソワ=シャルル・バーレー(François-Charles Barlet,  別名Albert Faucheux, 1838-1921)が組織を指揮した。そしてマルティニスト会の創設メンバーのほとんどは、ルクソル・ヘルメス主義者協会のメンバーであり、それはやがてマルティニスト運動の内陣集団を形成していったが、すぐにバラ十字カバラ団(Kabbalistic Order of the Rosy Cross)に取って代わられたことに注目しておくべきであろう。1885年から1886年にかけて、ルクソル・ヘルメス主義者協会は「秘学雑誌」(Occult Magazine)という機関紙を発行した。そしてバーゴインとダビッドソンが、小説「ザノーニ」の登場人物のバラ十字会員ザノーニとメジュナーの筆名を使って記事を書いた。同じようにこの小説の別の登場人物グリンドンをペンネームとしてバーレーは「反唯物主義」(Anti-Matérialiste)という名前の機関紙に記事を書いた。ルクソル・ヘルメス主義者協会は、1870年から1886年までかろうじて活動していただけで、ほんの一握りのメンバーたちしかいなかったが、少なからぬ影響を世に与えていた。1886年の初めに、マックス・テオンはもはやルクソル・ヘルメス主義者協会に興味を見出せなくなり、ロンドンからアルジェリアのトレムセン市(Tlemcen;アルジェリア北西部の市)へと旅立っていった。それからこの組織は休止状態となり、テオンはルクソル・ヘルメス主義者協会の非主流派の一団とともに「宇宙思想運動」(Cosmic Movement)を立ち上げようとした。そしてトレムセン市にいた1904年から1906年の間に、オーロビンド師(Sri Aurobindo)とミラ・アルファッサ(Mirra Alfassa, “The Mother”, 1878-1973) という二人の人物と親しくなった*10。テオンの抱いていた理想の数々は、オーロビンド師になんらかの影響を及ぼしたようである。

心霊現象の調査

 1870年頃、心霊主義運動の中から心霊研究者(psychists)たちが現れてきた。実際、夢遊病に関する数々の実験によって、数多くの研究者が人間の様々な超常機能について熟考するようになった。そして1875年には、哲学教授ヘンリー・シジウィック(Henry Sidgwick)を含む、英国ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの知的エリートたちが心霊現象の科学的調査に乗り出した。その後1882年に、ウィリアム・フレッチャー・バレット博士(Dr. William Fletcher Barrett)、ヘンリー・シジウィック、心理学者フレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤース(Frederic William Henry Myers, 1843-1901)らの指揮の下、ロンドン市に心霊研究協会(Society for Psychical Research)が発足した。そして霊媒のもつ様々な心霊能力に科学的調査がなされた。

 また、1882年に心霊研究協会は「テレパシー」という新語を造り出した。この時代における真に偉大な霊媒師であったエレーナ・ブラバツキーは、ロンドン市を訪れたおり、これらの実験に加わった。イギリス人たちの調査は国際的にも多大な影響を与え、偉大なアメリカ人心理学者ウィリアム・ジェームズ(William James, 1842-1910)が関わりボストンで1884年に発足した「アメリカ心霊研究協会」(American Society for Psychical Research)などの、いくつもの心霊研究団体ができた。フランスでは、1913年に生理学でノーベル賞を受けたシャルル・リシェ博士(Dr. Charles Richet,  1850-1935)の指導の下、ロシャス大佐(Colonel A. de Rochas)が心霊現象に関する調査研究を開始した。彼らは「メタサイキック」(心霊研究; metapsychic)と評され、国際心霊研究学会(Institut Métapsychique International)を中心に組織化されていった。

19世紀全体を通じて、マグネティズムや心霊主義、スピリチュアルな諸能力に関する雑誌や書籍の出版数の増大が見られた*11。1845年から1861年にかけてデュ・ポテ男爵(Baron du Potet)が創刊し発行していた「実験による心霊研究とマグネティズム」誌(Journal du Magnétisme et du psychisme experimental)を1887年にヘクトール・デュルヴィル(Hector Durville)が復刊した。この雑誌はフランス・マグネティズム協会(Société Magnétique de France)から発行された。この協会の創設メンバーには、様々な医師たちに加えてエレーナ・ペトロヴナ・ブラバツキーやスタニスラス・ド・ガイタ(Stanislas de Guaita)も含まれていた。名誉会員には、前述のロシャス大佐や、ウィリアム・クルックス(William Crookes) 、パパス、フランソワ・ジョリヴェ・カステロ(François Jollivet-Castelot)、シネット(A.-P. Sinnett)、ジョセファン・ペラダン(Joséphin Péladan)らが名を連ねていた。デュルヴィルとその息子ガストン、そしてアンリによってマグネティズムは見事な復活を果たした。

 世界中で数多くの科学者たちが心霊研究に携わった。その中には化学者のドミートリィ・イワノビッチ・メンデレーエフ(Dmitri Ivanovich Mendeleev)、化学者のピエールとマリーのキュリー夫妻、進化論の共同発案者アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)、高名な医師で化学者のウィリアム・クルックス(William Crookes)、天文学者のカミーユ・フラマリオン(Camille Flammarion)、犯罪学者のチェーザレ・ロンブローゾ(Cesare Lombroso)、文豪ヴィクトル・ユーゴ(Victor Hugo)などがおり、その他にも多くの研究者がいた。ロンドン市で1897年に開催された心霊研究協会の大会期間中に、クルックスが音や電気やX線などの振動数とマグネティズムに関する重要な講演を行った。そしてクルックスは、デュルヴィルによって一般に知られるようになった振動数の表を提示し、これは後にH.スペンサー・ルイスにインスピレーションを与えることとなった。

 ルネッサンス期の魔術は、〈創造〉の様々な局面を統一している繊細なエネルギーという問題を前面に押し出し、そのエネルギーに相当するものを利用するいくつかの方法を提示した。1850年頃これらの手法はマグネティズムによって覆され、そのようなエネルギーの存在は科学的に実証されるようになった。そして人間には、自身と不可視の世界と接触を可能にする能力が備わっていることが示された。この運動により、心霊主義者の協会や催眠術師の団体のような新しいタイプの集団が形成されていった。今まで見てきたようにこの時代に、伝統的なバラ十字の木は、いくつかの新たな枝を伸ばしていった。実のところ、これらの枝のすべてが実を結んだのではないし、ひと朝だけ咲いて終わってしまったバラの花もある。しかし、すぐに新たなバラの花々が「マギ」のバラ園に誕生するのであった。

※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」(No.106)の記事のひとつです。

 

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