バラ十字会

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バラ十字会の歴史

その14 アメリカ初の“バラ十字会員”たち(前半)

クリスチャン・レビッセ

 前回の記事では、西洋秘伝主義思想の概括的な歴史とバラ十字思想の関連を示そうと試みた。17世紀から第一次世界大戦までの間における、バラ十字会の前身に関しては述べたので、ここで古代神秘バラ十字会(the Ancient and Mystical Order Rosae Crucis)、一般にはその頭文字をとってA.M.O.R.C.として良く知られている会に焦点をあててみたいと思う。バラ十字の伝統の再生と再興のためにH・スペンサー・ルイス博士(H. Spencer Lewis, 1883-1939)によって創設されたこの組織は、歴史上最も重要な秘伝主義運動のひとつとなった。バラ十字会は現在、数多くの国々に本部(Lodge)と総本部(Grand Lodge)を擁し、世界中に25万人近い会員がいる。

 バラ十字会の詳しい歴史をここに示すのでは、この連載の目的の限度を超えてしまうので、西洋秘伝主義の歴史の中でのバラ十字会の位置付けを示すことを目的として、この会の様々な源流を列挙し、その発展における最も重要ないくつかの局面を指摘することにしよう。それによって、H・スペンサー・ルイス博士のいくつかの著作、とりわけ最も良く知られている1916年に書かれた「ある巡礼者の東方への旅」から情報を引き出すことができるだろう。しかしながら、この記述には字義通りには受け取れない要素が含まれているため、この物語的な作品の別のバージョンを検討してみようと思う。この著作は様々な意味で、H・スペンサー・ルイス博士の自叙伝を構成していて、前者と同じ歴史が示されているが、一般大衆向けに書かれた最初の著書とはいくらか異なり、より“秘伝的”側面から書かれている。この自叙伝は、全体としては一度も出版されなかったことを、ここに記しておくべきであろう。「The American Rosae Crucis」、「Cromaat」、「The Triangle」、「The Mystic Triangle」、「Rosicrucian Digest」などの様々なバラ十字会の雑誌に掲載、出版された記事も利用して、考慮中の話題を論じるつもりである。我々は一般的に、それらの本質的要素だけを論じ、歴史的側面よりもロマンチックな側面が強調されている部分は除外して考察しようと思う。さらに、バラ十字会の最高本部の保管文書の中から見つかった膨大な資料も使用するつもりである。なぜならこれらの資料は、これまでに出版されてきた数々の文献の中で象徴的、あるいは漠然としか報告されていなかった事実を、興味深い方法ではっきりさせてくれるからである。

 第一に強調すべき重要なことは、17世紀終わりにアメリカ北部に植えつけられたバラ十字の諸活動を継承するものとして、スペンサー・ルイス博士が古代神秘バラ十字会を位置づけたことである。さらにルイス博士は、「創設」 という言葉でなく「覚醒」という言葉を使用していた。その理由は、アメリカにおける第2期目のバラ十字運動を開始したのだと感じていたからである。この立場を強固なものにするため、ルイス博士はユーリウス・フリードリヒ・ザックス(Julius Friedrich Saches, 1842-1919)が自身の2冊の本で発表した諸研究にその活動の基礎を置いた。その本とは、1895年に出版された「1694年から1708年のペンシルヴァニア州の敬虔派ドイツ人たち」(The German Pietists of Provincial Pennsylvania 1697-1708)と、1899年に出版された「1708年から1742年の間のペンシルヴァニア州のドイツ分離派教会信徒」(The German Sectarians of Pennsylvania 1708-1742)である。ドイツ敬虔派の末裔であるザックスは、フィラデルフィア市のメーソン・テンプルの館長であり司書役であった。ザックスはその著書の中で、17世紀の終わりにアメリカに入植した移民の人々の歴史を詳述している。入植は最初ヨハン・ヤコブ・ツィンマーマン(Johann Jacob Zimmermann)に、そして次にヨハネス・ケルピウス(Johannes Kelpius)に率いられ、ペンシルヴァニアに入植地を建設しようと望んでいた敬虔派の人々が随行した。ザックスは以下のように書いている。
「……彼らは、神智学の熱狂者の一団で、敬虔派、神秘家、千年至福説信奉者、バラ十字会員、光明派(イルミナティ)、カタリ派信徒、清教徒などというあらゆる名前で呼ばれていたが、ヨーロッパでは彼らは、自身の神秘学の教義に従って「完成のチャプター(支部)」(Chapter of Perfection)として知られる団体を形成していた。そして、真の神智学の(バラ十字の)共同体を創設するという、長い間大切に育んできた計画を実行に移すために西の世界に来た。古代のエッセネ派の人々やモーゼやエリヤや、その他聖書に登場する人物たちのやり方に習って、神聖さにおいて自身を完成させるために、彼らは荒地や砂漠に分け入った。このようにして、彼らが近づいていると信じていた至福千年期のために自身を準備していた。もしくは、地球上の万物の終焉についての計算が自分たちを誤って導いている場合には、その共同体は、構成員のひとりひとりがそこから資格を与えられる核であることが立証され、人々の間から聖なる人々が出現し、都市全体を改革し、前兆と奇跡をなしとげる事になっていた。」

 このようにザックスは、ヨーロッパからのこれらの移民をバラ十字会員であると見なしていた。しかしながらこの主張には、多くの著述家が批判的である。その中のひとり、アーサー・E・ウェイトは、ザックスの調査はロマン主義に浸りすぎていて、彼が提供した諸々の事実からは、そのような結論は導き出されないと感じていた。ウェイトによれば、敬虔派の人々のうちの幾人かは、占星術やカバラや、ヤコブ・ベーメの著書に興味を示しているが、その事実では彼らを「バラ十字会員」と呼ぶのに十分ではない。また別の著述家セルジュ・ユタン(Serge Hutin)は、これらの移民とバラ十字運動との間に関係があると述べることは、ほとんど正当化されないと論じた。この問題について良く理解するためには、この人たちの起源を考えてみなくてはならない。敬虔派の活動には秘伝主義の性質があり、バラ十字会とも何らかのつながりがあったということは事実である。敬虔派であったケルピウスとヨハン・ヤコブ・ツィンマーマンは両名とも、バラ十字会員たちが存在していたことで極めて有名なドイツのチュービンゲン市を訪れた事があったのを、ここに付け加えておこう。

敬虔主義

 フィリップ・ヤコブ・シュペーナー(Philipp Jacob Spener, 1635-1705)牧師によってドイツで始まった敬虔主義は、17世紀にルター派に起こった危機によって発展した。敬虔派は、ドイツ三十年戦争(1618-1648)の終息後にルター派が直面したいくつもの困難に対して、有効な解決策を提示していた。宗教に人間的な側面を与える事を唱えていたシュペーナーは、個人の宗教的な体験とその内的生命が重要であるとしていた。そして同時代に生きる人々に、「プラクシス・ピエタティス」(praxis pietatis)、すなわち個人の敬虔――清めを特徴とし、内的な生まれかわりをもたらす再生を導く実習を実践することを熱心に勧めた。1670年からシュペーナーは、コレギア・ピエタティス(collegia pietatis)という敬虔派の集会を、ルター派の様々な教会教区の中に組織した。これらの小さな集まりに参加した人々は、そこで聖書を勉強し、キリスト教の大きな集会では通常は論じることができない神秘思想に触れた。アントワーヌ・フェーブル(Antoine Faivre)によると、「入門儀式形式の組織と敬虔派の間には、いくつかの著しい類似がみられる。」そして、「コレギア・ピエタティスは、ある意味では真に、ロッジ(lodge)の試験的な前身であった。」この運動はドイツで急成長し、その研究会集団の数は、ルター派の権威筋から要警戒の指摘がされるほどに増加の一途をたどっていった。ハレ大学のその学部を指導していたアウグスト・ヘルマン・フランク(August Hermann Francke, 1663-1727)の精力的な活動によって、敬虔派の運動は急速に拡大し、インドやアメリカにいくつもの共同体ができた。

 ヨハン・アルントが、この運動にインスピレーションを与えていたと一般に考えられている。このルター派の神学者で医師にして錬金術師は、ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエの霊的な父であり、ドイツのチュービンゲン・サークルの指導者であったことを思い出してほしい。チュービンゲン・サークルは「バラ十字宣言書」の公表の背後にいた一団である。神秘家かつ錬金術師として、彼はパラケルススの遺産と中世キリスト教神学の統合を試み、内的錬金術、つまり霊的ルネッサンスの概念を発展させ、この概念をフィリップ・ヤコブ・シュペーナーが借用した。アルントはキリスト教神学の論争術から人々の注意を転じて、信仰に生きることと、敬虔な実践に戻るように導いた。デボーショ・モデルナ(Devotio Moderna、近代敬虔思想)の基礎をなす著書のうちの一冊、「キリストに倣いて」(Imitation of Christ, 1441)を擁護していたアルントは、1605年から1610年の間に書かれた「真のキリスト教信仰における四冊の書」(Vier Bucher vom wahren Christentum)によって最も良く知られている。この本は世界中でとても広く読まれたキリスト教の文献のひとつで、敬虔派の信徒はこの本を自分たちの第2の聖書と考えていた。シュペーナーはまた、この本の後の版の序文として書いた、敬虔主義を確立することになった著作「神を敬う欲求」(Pia Desideria)を1675年に出版した。ケルピウスがアルントの様々な著書をアメリカに持ち込んだ事は注目に値する。

 「クリスチャン・ローゼンクロイツの化学的結婚」の著者であるヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエの思想もまた、敬虔主義に影響を与えていた。ロラン・エディゴフェル(Roland Edighoffer)が指摘しているように、アンドレーエが賞賛した理想の組織であるソシエタス・クリスティアーナ(Societas Christiana)は、「敬虔主義の広大で実り多き運動……」のさきがけとなった。この運動はまた、イギリスの清教徒たちとの思想の交流の結果でもあった。このドイツ人達はイギリスの清教徒に実際に影響を受けていて、キリストの最初の弟子たちのものに近づく純粋なキリスト教信仰を求めていた。そして同じくドイツ敬虔派もイギリスの霊性に確実に影響を与えていて、特にジョン・ウェスレー(John Wesley) とジョージ・ホイットフィールド(George Whitefield)のメソジスト派には与えた影響が大きい。

ベーメ信奉思想とカバラ

 敬虔派の創始者フィリップ・ヤコブ・シュペーナーは、通常は異端と判断されてしまう教理に心を開いていた。シュペーナーは真のカバラ研究者ではなかったが、セフィロトの詩を書いたり、ヤコブ・ベーメ(Jacob Boehme, 1574-1624)の教えを好意的に受けとめたりしていた。敬虔派信徒の多くは、カバラと、ドイツのゲルリッツ出身の神智論者であるベーメの理論の熱狂的な信奉者だった。それら敬虔派の中には、シュペーナーに目をかけられていたゴットフリード・アーノルド(Gottfried Arnold, 1666-1714)などの重要な人物が何人か含まれていた。彼はヨハン・ゲオルグ・ギヒテル(Johann Georg Gichtel, 1638-1710)の親類で、アムステルダム市でヤコブ・ベーメの著作を編纂し出版した人物である。アーノルドはまた、敬虔主義に影響を与えたギュイヨン夫人(Madame Guyon)の弟子でベーメの信奉者でもあったピエール・ポワレ(Pierre Poiret, 1646-1719)と交流があった。また、二名の卓越した人物、ツィンツェンドルフ伯爵(Count Nikolaus Ludwig von Zinzendorf, 1702-1760)とエーティンガー(Friedrich Christoph Oetinger, 1702-1782)も、ゲルリッツの神智論者たちの考え方に強い影響を及ぼした。ヘルンフートの領地に1000人近い敬虔派を集めて共同体を率いたツィンツェンドルフ伯爵は、錬金術の象徴を好んで使用した。ヤコブ・ベーメのように、キリストの再生された血を描写するのに「ティンクトゥール」(tincture)という表現を使った。カバラ思想に影響されるようになり、ジョン・アモス・コメニウス(John Amos Comenius)の改革思想に強く影響を受けた。二番目の人物エーティンガーは、シュヴァーベンの敬虔主義の父であり、ベーメ信奉者の神智学とカバラを結婚させようとした。最後に忘れてはならなのが、ベーメの信奉者で卓越したカバラ研究者で、クリスチャン・カバラのまさにバイブルである「Kabbala Denudata」(1677)の著者であるシレジアの牧師ローゼンロート(Christian Knorr von Rosenroth, 1636-1689)である。ヨハネス・ケルピウス(Johannes Kelpius, 1673-1708)は、チュービンゲン大学の研究者であったときにこのカバラ研究者と会っていたのは確かで、ローゼンロートの教理は、間違いなくケルピウスに影響を与えている。ケルピウスはアメリカに旅立ったときに、ヤコブ・ベーメの様々な著作も持参していた。

※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」(No.109)の記事のひとつです。

 

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